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ダンボール箱だけが知っている■アースダンボール通信4月号■2016年4月号

ダンボール箱だけが知っている■アースダンボール通信4月号■ その日、窓からぼーっと外を見ていると、 黄色い風船がゆっくりと落ちてきた。 その風船は浮力が限界に達し、我が家の裏に落下しようとしていた。 よく見ると、風船の糸の先に何かがくっついている。 『なんだろう?』(・_・?) 僕は風船を拾いに行った。 風船には折りたたまれた紙がついていた。 その紙には、こう書かれていた。 "手紙を下さい" 一体、この風船を飛ばしたのは、誰なんだろう(・_・)......?? ////////// 今月号のMENU ///////////// 今となっては誰にもわからない。 知っているのはそのダンボール箱だけ。 そのダンボール箱は、ある老人の想いを見続けた。 ダンボール箱だけが知っている。 ______________________ それでは、どうぞ (´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п ************************************************ 僕がこの手紙を拾ったのは、小学校4年生の時だった。 僕はその風船と紙を持ち帰り、祖父に見せた。 『おじいちゃん、これなに?』(・_・?) 『ボトルメール、、みたいなもんだな』( ̄ー ̄?) 小4の僕には、ボトルメールの意味は解らなかったが、 どうやら、どこかの小学生がクラス行事で手紙付の風船を 飛ばしたものらしかった。 紙にはその子の名前、年齢、住所などが書いてあった。 長野県に住む小学4年生の男の子、僕と同い年だった。 長野県からこの埼玉県まで、風船は飛んできた。 ロマンというよりも得体の知れなさの方が強かったのか、 僕はそれ以上突っ込まず、祖父が手紙を書いてみることになった。 祖父はかなりの筆まめで、普段からいろんな人に手紙を書いていて、 また祖父宛の手紙も毎日のように来ていた。いわゆる文通が趣味。 ただ、そんな祖父が、見知らぬ小4の子に、何を書いたのだろうか? 祖父が手紙を出した数日後、その子からの手紙が来た。 祖父はにっこりと笑って、その手紙を他の手紙とは一緒にせず、 たまたまそこにあったダンボール箱に保管した。 手紙を一通しまうには少し大きすぎる箱だった。 『その箱、ちょっと大きいんじゃない?  それに、なんで他の手紙と一緒じゃないの』(・_・?)と僕が言うと、 『そうだね。でも、もしこの箱が手紙で一杯になったらすごいよね。  それに、こんな小さい子は初めてだからね。なんだかお前みたい。( ̄ー ̄)』 祖父はそう言うと、またにっこりと笑った。 こうして、75歳と11歳の、(僕にとっては)奇妙な文通が始まった。 (´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п ************************************************ 本当に、今思えば二人はどんな事を書いていたのだろう? 文通は、2~3通で終わるどころか、5通、10通と増えていった。 2年くらい経ち、僕がその文通の事も忘れていた頃、 たまたま祖父の部屋で、あのダンボール箱を見かけた。 『おじいちゃん、もしかしてこの箱・・・』(・_・) 『うん、あの時の子からの手紙だよ。読んでみる?( ̄ー ̄)』 読んではいけないというか、読むのが少し怖いというか、 祖父が自分と同い年の子と手紙をやり取りしているのが、 とても不思議な感じで、読もうとい気にはならなかった。 それより、箱の底面が見えないほど増えた手紙の数に、僕は驚いた。 普段から、祖父の部屋にはほとんど誰も行くことはなかったが、 それ以来、行った時はそのダンボール箱が気になるようになった。 箱のフタを開けてみるとか、ましてや手紙を見るなんてことはしなかったが、 いつも同じ場所に置いてあり、いつも少し開きかけているフタの隙間から、 中の手紙がちらっと見えていた。 (´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п ************************************************ 時は過ぎ、 僕は中学生、高校生、大学生、そして社会人、25歳。 その文通は、15年も続いた。 その間もずっと、僕はそのダンボール箱の"ちら見"をしていた。 僕が25歳、祖父が90歳になった時、ダンボール箱が本当に満杯になった頃、 祖父はその年の夏、病気で亡くなり、文通は終わった。 90歳。もう大往生というか、大きな悲しみではなく、 どこか晴々した雰囲気の中、みんなで祖父を見送った。 晩年も、ほんの数回"彼"との手紙のやり取りはあったらしい。 祖父の初七日が終わった頃、遺品整理をしていた時、 僕以外の家族は初めてそのダンボール箱の意味を知った。 祖父も僕も、そのダンボール箱の意味を今まで誰にも話してはいなかった。 その日初めて、僕は風船が落ちてきた日の事を家族に話した。 『おじいちゃんのこと、その人に伝えなきゃね・・・』 そこで、祖父の事を"彼"に伝える役目、という白羽の矢が僕に立った。 "彼"の電話番号は調べることができた。 初めて聞く"彼"の声。祖父ですら"彼"の声は聞いたことが無い。 『こんにちは・・・初めまして・・・あの、、』 僕は静かに、端的に、祖父が亡くなったことを"彼"に話した。 『・・・・・・・え、ええ!!』(゜д゜;) ほんの少しの沈黙の後、"彼"はかなり驚いた声を出した。 晩年、少しずつ体の衰えが進んでいたであろう祖父は、 "彼"への手紙には全くそのことを書いていなかったらしい。 "じいちゃんらしいな"と僕は思った。 それから、風船が来た日のことや、祖父の人生のことなど、 ほんの少し"彼"と話した。 そしてまた、少しの沈黙の後、受話器の向こうから、すすり泣く声が聞こえた。 それから少しの間、僕と"彼"は二人で泣いていた。 "彼"と話したのは、これが最初で最後だった。 (´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п ************************************************ 人に、歴史あり。 その傍らに、ダンボール箱あり。 祖父の90年という長い人生の中のたった15年の間、 家族の誰もが知らなかった祖父の人生の一部を、 そのダンボール箱は、我が家ではそのダンボール箱だけが、 ずっと見ていてくれていた。付き合ってくれていた。 あの文通、祖父がどんな想いだったのか、 そのダンボール箱だけが、知っている。       FIN (´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п(´o`)п **************************************************     【編集後記・へんしゅうこうき】 これは、私が小4から25歳になるまでの、実際にあったお話です。 そのダンボール箱は、遺品整理でなぜか僕が預かる?ことになりました。 手紙の中身を読むことは一切ありませんでしたが、その後、 大事に大事に、一通一通丁寧に、箱と一緒に燃やしました。 じいちゃんに返しました。 このメルマガでは時々、 "箱の心"なるものや、"箱の想い"なるものに触れることがあります。 でもそのことを何年考えても、 未だに論文として発表できるほどの研究結果は得られていません(笑) ただ、例えばあの文通のダンボール箱、 幸せな人生(箱だから箱生?)だったろうか? 今あなたの傍らにあるその箱は? なんて考えると、ほんの少し、切なくなる時があります。 少しづつ散り始めた、桜のせいかな(笑) "彼"、元気かな。 最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。 m(__;)m 桜の花びらがヒラヒラと舞う4月某日 メルマガ編集長 やまぎし

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