ドクターイエローお母ちゃん■アースダンボールメルマガVOL210■2025年7月号
母が20年乗り続けた愛車が去って行く。
そして20年間その愛車に積まれ続けたダンボール箱を抱え、
母は愛車を静かに見送った。
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母は50歳を過ぎてから運転免許を取得した。
父が病気になって病院への送り迎えが大変になり、
思い切って運転免許の取得を決意した。
予想通り楽な挑戦ではなく、時間も費用も人の倍以上かかった。
それでも諦めず、9ヶ月の期限内ギリギリで教習所実技の卒検に合格し、
免許センターでの最終筆記試験も3回目でやっと合格した。
遠方に住む私も可能な限りサポートはしたけれど、
そんな想いをしてまで取得した母の運転免許。
それだけでも母は尊敬できる人だと改めて思った。
が、元々少し天然と言うか想定外の行動をする人ではあっけど、
母と何気なくこれから買う車について話している時、
「ねえお母さん、これなんかカッコ良くていいんじゃない?」
と、中古カー雑誌を一緒に見ながら私が完全に冗談のつもりで指差した車が、
数日後に突然、実家に納車された時にはひっくりかえる程驚いた。
確かに、父が病気になってから父の車は手放してしまったので、
別の車を買う必要はあったけれど、まさかこの車種を本当に!?
「ちょっ!お母さん、この車!なに!!??」
「何ってあんたがこれがお勧めって言ったんじゃない」
「お勧めって私そんな事!!…言ったわ…」
ああ、そうだった。この人はそういう人だという事を忘れていた。
超ド派手!真っ黄色のキンピカボディ、バリッバリのスポーツカー。
中古で状態が良かった事もあり、母はその車を即決で買った。
以来、母の生活スタイルも愛車の急加速のように急変した。
父の病院送迎は劇的に楽になったし、外出もドライブも増えた。
父は「ちょっと乗り心地が良くない」と文句を言っていたけれど、
母にとってこの便利さと楽しさは新世界だったに違いない。
そしてその勢いは更に加速し続け「働きたい」とまで言い出した。
私が生まれる前まで母は看護師として働いていた経験があり、
地元の訪問介護ステーションの募集に応募すると即採用が決まった。
しかも "車持ち込み大歓迎" の条件あり。
よもやとは思ったがマイカーで勤務する気満々の母…
輝く黄色のボディがそうさせるのか、
魂を突き上げるエギゾースト音がそうさせるのか、
とにもかくにもその車が母の世界をガラリと変えた。
そうかと思えば天然さはしっかりと健在だった。
母は「意外と現場で物が足りなかったり役に立つ事が多いのよ」
と、通常の訪問介護の備品以外にも様々なグッズを準備し、
それらをダンボール箱に詰めて後部座席いっぱいに積んで、
「車ならではよね」と誇らしげに現場へ通っていた。
そして予想通り、訪問介護の利用者さんは勿論、そのご近所でも、
母はすぐに有名人となった。正確には、
"真っ黄色なスポーツカーにダンボール箱積んでる訪問看護師さん"
として有名になった。そりゃそうでしょう…
街中を走るだけでも誰もが振り返る黄色いスポーツカー。
で、運転席には50過ぎのおばちゃん、
しかも後部席にはダンボール箱がいっぱい、
そして向かう先は訪問介護の利用者さん宅。
噂にならない訳がない。
特に初めて伺う利用者さんとご家族とそのご近所の方には、
「何事だ!?誰が来た!?」と必ず驚かれたし、
黄色いスポーツカー、ダンボール箱、看護師さん、
このパワーワードは噂の拡散力も強大で利用者さんの近所にとどまらず、
すっかり街の有名人になった。
信号待ちで停車すれば横断歩道を渡る高校生集団の子達が車を指さし、
何やら胸の前で両手で四角を立体的に表現するしぐさをしている。
"ダンボール箱" を表すしぐさだ。
ショッピングモールの駐車場に停車すれば近くに停車した人が
"チラっ" とだけ車内を見て「お~ダンボール箱あったあった」
みたいな会話をしている風景もよく目にする。
挙句の果てには "ドクターイエロー" 的なプチ都市伝説まで生まれ、
"見ると幸せになれるドクターイエロー" と呼ばれて記念撮影まで求められた。
確かに仕事はドクターイエローっぽいけど、
小さな田舎町だし目撃確率はかなり高いし、そんな価値は無いと思うけど。
でもそんな風に有名で人気者の母を、私はやっぱり誇らしく思えた。
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"黄色いスポーツカーにダンボール箱積んでる訪問看護師さん"
の伝説はそれから20年も続いた。
父もなんだかんだで今も元気だし、母ももう70歳を過ぎた。
あの車が20年も持ち堪えた事の方が奇跡に近いかもしれない。
しかもダンボール箱も初代のまま持ち堪えてくれた。
動かなくなったその車は県外のマニアさんが結構な値で買い取ってくれた。
車とお別れの日、マニアさん自らが母の家まで車を引き取りに来てくれ、
母の "相棒" は積載車の荷台に積み込まれた。
出発前にそのマニアさんがダンボール箱を抱えた母に話しかけた。
「そのダンボール箱は、だめ、ですよね…?」
「ごめんなさい、これは、次の車に乗せたいの」
「ですよね、変な事を聞いてすみません。車、大事にしますね」
そう言ってマニアさんは出発した。
母が20年乗り続けた愛車が去って行く。
そして20年間その愛車に積まれ続けたダンボール箱を抱え、
母は愛車を静かに見送った。
「行っちゃったね…」
「そうね、ちょっと寂しいわね…」
「…ってちょっと待って!!」
「何よ?いきなり、」
「お母さん、さっきしれっと言ってたけど、次の車って!?」
「うん、次の車よ、それが何?」
「うぇ!?お母さんまだ仕事続けるの!?車も買うの!?」
「うん、続ける、車も買うわ」
「あ~そう…まいっか、元気だし、運転も充分できるし」
「当り前じゃない、免許返納だって絶対しないわよ」
「それは任せるけど、安全装備が充実してる車にして欲しいわ」
「そうね、それは検討するわ」
「じゃ、ダンボール箱も新しい丈夫なのを新調しよう」
「そうね。じゃあこのダンボールあの人に差し上げようかしら」
車にダンボール箱を乗せた訪問看護師さん伝説は、まだ続くみたい。
でもやっぱりスポーツカーの方が伝説感が増すかしら?
FIN
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あ と が き
人生100年時代。
本当にもうすぐ来るのでしょうか?
という事はもうその時代に入りかけているのでしょうか?
私はどういう訳か二十歳(ハタチ)くらいから既に、
老後は年金と貯蓄で悠々自適にのんびりと、
という考え方がありませんでした。
出来れば死ぬ3日前くらいまでは働き続けたい、
と今でも思っていますが果たして!?
あなたはどうですか?
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
7月某日 ライティング兼編集長:メリーゴーランド
