~おじさんと柴ちゃん~■アースダンボールメルマガVOL197■2024年12月号-2
運転中なのに涙が止まらなくなった。
こんな日が来るなんて微塵も思ってなかった。
勝手に想いを寄せたのは僕の方だから、
心の準備なんてさせて貰えなかった。
たぶん、あのダンボール箱の中には…
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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僕は長門怜央(ながとれお)28歳。
毎朝同じ時間に車で通勤する5年目のサラリーマン。
僕は車だけど、電車やバスで通勤通学する人なら、
いつもの顔ぶれさんの存在を意識した事があるだろう。
そしてそこは見知らぬ者同士の出会いの場でもある。
実は車通勤にも少しだけそれに似たシチュエーションがある。
僕は毎朝、ほぼに同じ時刻に出発するのでそれをよく目にする。
僕は大抵、出発してすぐの片側2車線の県道の左車線を走る。
そしてバス停や歩道を行く人を何気なく眺めている。
最初のバス停を過ぎるとまずは大抵、
スポーツサングラスと白いランニングウェアがよく似合う、
高身長でスラッとしたジョギング女性と出会う。
彼女は3ヶ月くらい前から見かける "新人さん" だ。
次のバス停では、年の頃は30歳前後の青年がいつも一人で立っている。
この人とは僕が入社した頃からの長い "付き合い" だ。
蝋(ろう)人形か?と思う程、立っている姿勢がいつも同じでちょっと面白い。
次のバス停では7~8人くらいと少し人が多くて、
1年くらい前はいつも一番前に女子高生が、
その後に社会人が数人、一番後ろに男子高校生が並んでたけど、
半年くらい前からこの女の子と男の子が隣に並んで談笑するようになった。
最初にそれを見た時は「やったな!」と独り言をつぶやいた。
僕にとってもそれは嬉しい出来事の一つだった。
そのバス停を過ぎるとしばらくはバス停の無い、
片側1車線の両側に田園風景が広がる道が続く。
その田園風景のどこかのタイミングでも必ず "会う" 人が居た。
犬の散歩をしているおじさんだ。
このおじさんとも、もう何年もの "付き合い" だ。
犬はちょっと小さめの柴犬、優しい顔の子で、多分女の子だ。
おじさんはちょっと強面(こわもて)だけど優しい目の人だった。
名前はおろか、どこの誰かも知らないそのコンビを、
僕は勝手に「おじさんと柴ちゃん」と呼んでいた。
でも僕は、柴ちゃんが歩いている姿を一度も見た事がない。
柴ちゃんはいつもおじさんに抱っこされていた。
僕も犬を飼っていた経験が有るから何となくわかる。
多分あの抱き方は一時的なそれではなく、ずっと抱かれている。
柴ちゃんの体は地面と水平になるように安定していて、
顔はいつも車道の方を向いて、片足がだらんと下がっている。
歩けないのかな、柴ちゃん…
おじさんの腕は優しくガッチリ支えている感じの角度だった。
あえて乳母車などには乗せないのだろうと想像していた。
以来、僕はおじさんと柴ちゃんとすれ違うと、
「おじさんと柴ちゃんおはよう」と一人挨拶をするようになった。
春の風が吹きつける朝も、うだるような夏の暑い朝も、
秋の雨がシトシト降る朝も、氷点下になりそうな冬の朝も、
おじさんは毎朝、柴ちゃんを抱っこして歩いていた。
そして月日は流れ、
各バス停では誰かが "卒業" したり、新人さんが入ったり、
青年のファッションセンスや髪型が少し変ったり、
女の子と男の子が一緒に居る所を見なくなったり、
そんな色んな変化が過ぎた頃、
おじさんと柴ちゃんの姿を一週間程見かけなくなった。
僕の胸は少しだけ "フワ" っと揺れた。
おじさん、柴ちゃん、どした?
いつの間にか、田園前のバス停を過ぎると、
僕は無意識に視線を遠くの歩道に向けるようになった。
少しでも早くおじさんと柴ちゃんを見つけたいからだ。
あ、居た!いや違う人…
その向こうの人は?…も違う人か…
僕は仕事が休みの土日も同じ時間に出発してみた。
けれどやはり、おじさんと柴ちゃんには会えなかった。
そして、それはその週が明けた月曜日の朝だった。
田園の遠くの歩道に見慣れたシルエットの人を見つけた。
その人は確かにおじさんだった!
"おじさん久しぶり、一週間ぶり!
んん?おじさん、何を抱えてんの…?"
おじさんが両手で抱えていたのは、一箱のダンボール箱だった。
なんでダンボール?柴ちゃんは…??
すれ違ったおじさんはいつもの優しい目をしていた。
僕の鼓動は急速に速度を上げ始め、同時に頭の中が真っ白になってきて、
かろうじて運転する程しか集中力を維持できなかった。
その集中力も次第に限界を迎え、次の赤信号で止まり、
目の前の横断歩道を歩く、知らないおばさんと犬の散歩姿を見た時、
最初の一粒の涙が頬を伝った。
すると二粒目、三粒目とそこまでは数えられたけど、
その後はわからなくなった。
運転中なのに涙が止まらなくなった。
こんな日が来るなんて微塵も思ってなかった。
勝手に想いを寄せたのは僕の方だから、
心の準備なんてさせて貰えなかった。
たぶん、あのダンボール箱の中には…
いや違う!そんなはずはない!!
勝手な想像はするな!
全部俺の勝手な想像だろ!
直接聞いた訳じゃない!
おいコラあ!!
勝手に想像すんなっつってんだろうがああ!!!
その時、後ろの車の
"プアンップアアアアン!!"
というクラクションの音で我に返った僕は、
次のコンビニの駐車場に車を停め、落ち着くのを待った。
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それから3ヶ月が経った。
あれ以来おじさんの姿は見ていない。
今でも時々、あの田園の道でおじさんの姿を探したりするけど、
各バス停では相変わらずの人間ドラマが展開していて、
それはそれで僕にとっては平穏な日常の一部だった。
更に季節は流れ、
夏の蒸し暑い風が秋の爽やかな風に変わろうとしていた頃、
僕は田園の道で久しぶりにおじさんを見かけた。
おじさんは犬を連れて散歩をしていた。
小さな柴犬で、柴ちゃんよりも少し顔に幼さの残る子だった。
リードに繋がれ、尻尾をブンブン振りながら地面を軽快にステップし、
時々おじさんの方を見上げては、その度に撫でて貰っていた。
僕はいつもは寄らない、あの日に入ったコンビニで車を停め、
コーヒーを買って少し考えていた。
もしこれから彼女ができて結婚するとして、
で、そしたら犬を飼うってのはどうだ。
あ、そもそも彼女が犬好きかどうかもポイントか。
ってかそもそもどうすれば彼女できるか。
FIN
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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あ と が き
初めての彼女は電車通学が出会いのきっかけでした。
私は高校1年生、毎朝7:11発、前から3両目の真ん中のドア。
その人は私の2つ先の駅から乗ってくる2学年上の高校3年生。
その4つ先の同じ駅で降り、僕は男子校へ、その人は女子高へと歩く。
そしてうちの高校の文化祭の日、その人が来てたのを発見して、
「あの、前から3両目の真ん中のドアに乗る方ですよね!?」
と私から声をかけたのが初めての会話でした。
あの人は今も元気に、幸せに過ごしているだろうか。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド
